働き方改革・ウェルビーイング経営コラム

地域企業におけるリスキリング最前線

リスキリングで業務効率化と売上拡大。中小企業が気をつけるべき3つのポイント

2022年10月、岸田首相が「新しい資本主義」の一環として5年間で1兆円をリスキリング支援に投じると表明しました。賃金引き上げのための政策として注目を集めるリスキリングですが、中小企業にとっては、経営課題を解決するために重要な施策でもあります。

本コラムでは、リスキリングとはなにか、成功事例、具体的な進め方まで、全5回に渡ってお伝えします。第1回は、パートナー探しから事例検索、助成金情報まで、法人のリスキリングを支援する「リスキリングナビ」の編集長、新條隼人さんにインタビュー。リスキリングの概要をお伝えします。

 

プロフィール

新條 隼人 氏

一橋大学商学部卒業後、株式会社ネットプロテクションズ入社。後払い決済事業の営業グループリーダー、新卒採用担当等を経てドットライフを立ち上げ。1000人以上の人生ストーリーを配信し、オンライン・オフラインで交流ができる「人生経験のシェアリング」サービス、another life.を運営。2023年、法人のリスキリングを支援する「リスキリングナビ」サービス提供開始。パートナー探しから事例検索、助成金情報まで、法人のリスキリングを支援する「リスキリングナビ」の編集長を務める。

 

リスキリングは中小企業にとって、必須になりつつある

まずは、そもそも「リスキリング」とはなにか教えてください。

経済産業省が開催した「デジタル時代の人材政策に関する検討会」で発表された資料によると、リスキリングは「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」とされています。

わかりやすく言えば「職業変更を伴う学び直し」であり、働く人が今とは違う職種に就くために、新しい分野を勉強することをリスキリングと呼びます。

 

なぜ最近になって注目を集めているのでしょうか。

2022年10月、岸田首相が5年間で1兆円をリスキリング支援に投じると表明したことが大きな理由です。政府の狙いは賃金の引き上げで、働く人たちにリスキリングをしてもらい、勤め先の生産性を高めたり、成長産業へ労働移動したりすることが期待されています。

 

企業にリスキリング「させること」が推奨されているのは、なぜなのでしょうか。

DXに適応できないと経営に危機が訪れるという状況の中、圧倒的なIT人材不足が予測されているからです。

経済産業省が発表している資料では、2030年までに、IT人材は45万人不足すると試算されています。第4次産業革命と呼ばれ、技術革新による産業構造の変化が起こっているなか、新しい技術に対応できる人材の育成が急務になっているのです。その問題を解決するには、最初から必要なスキルセットが揃った人材を採用するか、社内の人材をリスキリングするしかありません。

実際、優秀なエンジニアを募集してもなかなか応募がなかったり、カルチャーフィットしなかったりといった問題が多く発生しています。その場合、採用よりもリスキリングの方が低コストでまかなえます。離職率が高いアメリカでは、採用だけでなくリスキリングで不足人材を増やすという考え方が、すでに定着しつつあります。

 

中小企業は、リスキリングをどれほど優先すべきでしょうか。

産業構造次第ではありますが、DX(Digital Transformation)の緊急度が高い企業にとっては、同じくリスキリングの必要性も緊急だと思います。

たとえば、日本の書店は20年前と比べて約半分まで少なくなっています。背景には大手モール型ECサイトの台頭で、通販や電子書籍のシェアが拡大したことがあります。各書店にとって、ビジネスモデルの変更は急務であり、それに伴って、リスキリングの緊急性も上がっています。

他にも、自動車業界では、EV化や自動運転の普及に伴い、もともとエンジン車製造の技術者だった人たちをリスキリングにより、EV車製造や自動運転技術の技術者へ配置転換する動きが活発化しています。どの産業においても、自社にとっての「エンジン車」がなにで「EV車」がなにに当たるのかを考えることがリスキリングの一歩目だと思います。

 

中小企業の強みは、経営者と社員の距離の近さ

では、リスキリングの具体的なやり方について教えてください。

中小企業の場合、リスキリングの最終目的・ゴールには大きく3種類あります。「生産性向上のリスキリング」「業態転換のリスキリング」「売上拡大のリスキリング」です。

生産性向上のリスキリングとは、既存事業のデジタライゼーション(デジタル技術を用いて製品やサービスの付加価値を高めること)によりコスト削減、生産性向上、付加価値向上を実現することです。例えば建設会社が現場の状況を可視化するアプリを導入して、それを使いこなしながら生産性を高める、といったケースが該当します。

業態転換のリスキリングとは、DXによりこれまでとは違うビジネスモデルへ転換することです。たとえば、紙媒体の制作をメインにおこなっていた印刷会社が、3DCG事業を立ち上げ、売り上げの比率で既存事業を上回るといった転換を指します。

売上拡大のリスキリングとは、Webマーケティングのノウハウを活用した集客改善、販路拡大により、既存事業の売り上げをさらに高めることを指します。

 

中小企業が社員のリスキリングを実践するとき、気をつけるべきポイントがあれば教えてください。

大きく3つご紹介します。1つ目は学ばせる目的を明確にすることです。

例えば、ITに関する基礎的な知識が証明できる国家試験「ITパスポート」の取得を推奨する企業が最近増えていますが、その理由が「推奨されているから」「助成金が出るから」だと、リスキリングに効果があったのかが測れず、本質的な取り組みとは言えません。「○○を実現するため、社員のビジネスリテラシーを上げる」といった、業務効率化や売上拡大につながる明確な目標を立てることが重要です。

 

2つ目は、社員の学習意欲がかき立てられる環境づくりです。

パーソル総合研究所の「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)」によると、日本人の46.3%が社外で自己研鑽せず、この数値はAPAC14の国・地域の中で最も高いとのことでした。自らの学びのために何かしらの研修を受ける、という概念がない人が非常に多いのです。そんな人たちに対して、効果的な学習を促すには、学ぶ意味づけや動機づけが必要です。

社員の効率的な学びに直結する動機付けですが、実は大企業よりも中小企業の方が、うまく設計しやすいと思っています。数万人規模の企業だと、社員は「自分が学ばなくても会社が潰れることはない」と考えやすくなります。中小企業の場合は、社員一人ひとりが売上に大きく影響を与えるので「自分が変わらなければ」と思ってもらいやすいです。また、経営者の影響力が強いのでトップダウンで社員の学びを推進させやすい特徴もあります。

3つ目は、スキルアップをした社員に対するインセンティブの設計です。

いくら研修を受けてもらってもその内容が実践に活かせなければ意味もありません。学んだことを活かす機会が与えられない社員は、最悪の場合、自ら退職したり、競合からの引き抜きに応じたりしてしまいます。それを防ぐには、リスキリングに成功した社員のためのポストを用意したり、昇給の仕組みを整えたりすることが必要です。